おうるの呟き

雑記ブログです。

「読書という荒野」見城徹【書評】

みなさんこんにちは、おうるです。

今回はあの幻冬社の創業者であり社長の「見城徹」さんが書かれた

「読書という荒野」を読ませていただいた感想やまとめを紹介したいと思います。

では行きましょう!

        目次

成功するにはこの3つが必要だ

成功するには自己検証 自己嫌悪 自己否定の3つが必要であると見城さんは言っています。

僕はかねがね「自己検証自己嫌悪自己否定の三つがなければ人間は進歩しない」と言っている。

自己検証とは、自分の思考や行動を客観的に見直し、修正すること。

自己嫌悪とは、自意識過剰さや自己顕示欲を恥じ、自分の狡さや狭量さ、怠惰さに苛立つ事。

自己否定とは、自己満足を排し、成長していない自分や、自分が拠って立つ場所を否定し、新たな自分を手に入れる事だ。

やはり、成功者は言う事が違います。

とにかく、今の自分で決して満足しない事が大切なのでしょう。

この自分にストイックな生き方が、見城徹という人物を作り上げたのでしょう。

知識を積み重ねてもしょうがない

「たくさん読む事がいいことだ」という風潮にも異を唱えたい。

情報の断片を積み重ねるより、そこから何を感じたかのほうが重要だ。

本当にその通りだと私も思います。

ただ知識を積み重ねても、それをどこに使うのか分からなければ、絵に描いた餅です。

「いつか役に立つかもしれない」という漠然とした考えで本を読むのは、いかがなものかと。

つい、暗記癖があるのではないかと感じます。

おそらく、150年前の明治維新から始まった暗記教育を、今も引きずっているのでしょう。

ですから、自分自身が本の中で感じたものを、血肉化しておけば良いのでは無いでしょうか。

正しいと思う事を言えなくなったら終わり

見城さんは学生時代、すごく反抗的だったそうです。(もちろん良い意味で)

日本史の授業で、荒木という先生が入ってきて、口笛を吹いていたと思われるY君に、廊下に立つよう命令したそうです。

しかし、口笛の犯人がY君では無いと確信した見城さんは、「口笛を吹いていたのは彼じゃないですよ。そうだとしても、口笛を吹いていたぐらい、何だと言うのですか」

と言って授業をボイコットし、化学室まで行って、そこで小説を読んでいたそうです。

さすが、素晴らしいですね。

しかも、見城さんは当時優等生だったので、先生も何も言えませんでした。

その事を見城さんは理解していたから、先ほどのような事が言えたとも考えられます。

このような正しい事を言えるようになるには、読書が必要なのではないかと、私は思います。

なぜなら、読書をする事で必然的に世の中の矛盾に気づき、左翼的になるので、正しい事を言わなければならないという、使命感のようなものに襲われるからです。

私は、見城さんのような正義の味方の人達は、なぜこんなにズバッと意見を言えるのか、すごい勇気だなと思っていました。

しかし、それはおそらく勇気の問題では無いと思いました。

それは、様々な本を読む事で、意見を言いたくて仕方が無くなり、気がついたら口が勝手に動いてしまったという領域に達する事ができるからだと思います。

私もよく読書をするのですが、このような事が多々ありました。

とにかく、読書の力は絶大です。

最後に

いかかだったでしょうか

とにかく、私から言える事は、読書をしないとやばいという事です。

なにがやばいのかと言えば、意見を言えなくなるのです。

それは極論かも知れませんが、意見を言っても、読書をしていなければ薄っぺらい人間だと思われるのです。

見城さんも同じような事を言っていました。

読書をしない人は、信用できない

これは決してディスっているわけではありません。

それほど、言葉には重みがあるので、重みがない意見は、やはり薄っぺらいです。

実際、この言葉も重いはずです。

読書の大切さは、この本に詳しく載っていますので、是非読んでみてください!

では私はこの辺で、さよなら!