おうるの呟き

雑記ブログです。

「京大式DEEPTHINKING」川上浩司【書評】

 みなさんこんにちは、おうると申します。

 今回は、京都大学教授の川上浩司さんが書かれた

「京大式DEEPTHINKING〜最高の思考力〜」

 を読んだ感想とまとめを紹介していきたいと思います。

 では行きましょう!

 

「考える」と「深く考える」の根本的な違いとは?

 私は、「考える」という営みは「recognition=認識」だと解釈している。

 つまり「目の前のものは、すでに自分の中にある概念と同じだ」と認識・確認する作業が、一般に私たちがいつもしている「考える」作業のほとんどだと思うのだ。

 つまり「考える」とは、今まで私たち個人がそれぞれ見て聞いてきたものと、新しく目の前に現れたものと照らし合わせる行為だという事なのでしょう。 

 しかしこの「考える」という行為だけでは、新しい「ユニーク」な発見が無いのでしょう。

 そこで必要になってくる行為が「深く考える」です。

 「深く考える」とは、例えば未知のものを目にしたとき、それは何かを、考えて考えて考え抜いたすえに、全く新しい概念が自分の中に形作られることだ。

 また「深く考える」とは、プロセスを省略せずに存分にたどり、さまざまな発見をし、自分なりの答えを導き出すという営みそのものなのだ。

 私は「認知=cognition」が深い思考だと解釈している。 

 一方「深く考える」とは、今まで見た事も聞いた事もない新しい物が目の前に現れた時に、これはいったい何かを考え抜き、自分なりの発見をする事で、自分なりの新しい概念が形成される行為の事だということでしょう。

 ですから、いわゆる「世界に一つだけ」の答えを見つけ出すための行為が「深く考える」 ことなのでしょう。

 

実感が薄れる「人との約束」

 この世の中には人為的な力や思惑が挟まった「人との約束」がある。

「安全」にせよ、「品質」にせよ、「永遠の愛」にせよ、「国」にせよ、「人との約束」というのは概ね破られ得るものだ。

 それに対して物理現象という「物との約束」は、この世界では相当にレアな「裏切られない約束」と言う事になっている。

 例えば社長の報告をメモする際に、PCでメモを取るより、鉛筆で取った方が良いとの事。

 これはなぜかと言えば、このキーボードを打つとこの文字が反映され、ここをクリックすればこのようになるなどと、あらかじめ人間がPCにプログラムしており、ここにはそれぞれの個人とPCとの間に「人との約束」  が介在しており、失礼に感じさせてしまうそうだからだ。

 一方鉛筆は、木と鉛で出来た物と、紙という物の間のみで取引されており、いわゆる「物との約束」で、そこに人は介在していないので、なんだか失礼という違和感を払拭できるのだ。

 他にも「ジェットコースター」では、いくら安全ですよと言われても、100%の確率で安心できないのは、人がそう言っているだけの「人との約束」だからである。

  

「読書」で思考が浅くなる?

 ハウツー本の「解決法は一つ」という謳い文句。

 「この方法一つでうまくいく」と教えられたらたしかに楽だし、買う理由にもなりやすい。

 だが、不便益を研究している私に言わせれば、「解決法は一つ」など、そんな便利は許されない。

 試す方の「試行」も考える方の「思考」も不要になってしまうのだ。

 この「読書」で思考が浅くなるというのは、要は「深く考える」という行為を抜きにした単なる「読書」では、思考が浅くなるという事なのでしょう。

 ですから、ハウツー本のみならず様々なジャンルの本でも、ただ鵜呑みにするのでは無く、本当にこれで良いのかと少し疑い、じっくり「思考」した上で、これは正しいと思ったならば、必ず「試行」し、それでも自分に合っていると実感して始めて「読書」と言えるのではないでしょうか。

 

我々は、「答えがない」からメシが食えている。

私たちは「答えがない」からメシが食えている。

「答えがない」から「発想の余地」がある。

「究極の本」がないから「新しい本」が出る。

「究極の便利」がないから、次々と「便利なもの」が生まれる。

「究極の不便益」がないから、次々に「不便益」を思いつく。

 この「答えがない」からメシが食えている。

 というのは、「答えがない」から着想できるチャンスがあり、着想する事によりユニークな発想が生まれ、0から1を生み出す事ができるので、これは世界に一つの自分だけの付加価値であるから、これを売る事によって商売ができる、というより付加価値を提供する事でしかメシが食えない時代になるという、ある種のメタファーなのではないかと感じた。 

 便利なものでも不便なものでも、それらをどう利用できるか思考する事により、新たなアイデアが産まれるのでは無いでしょうか。

 川上浩司さんは、不便の方が比較的利益を産みやすいという「不便益」を薦めている。 

 

最後に

 いかがだったでしょうか。

 「考える」よりも「深く考える」

 「人との約束」よりも「物との約束」

 ただの「読書」をするのでは無く「思考」「試行」による正しい「読書」

 「答えがある」から終わりなのではなく、「答えがない」から「深く考える」必要性があり、新しいアイデアを生み出すことでメシが食える。

 簡単にまとめるとこういう事でしょう。

 最後に、川上さんはこんなメッセージを残しています。

 考えている最中に、「あ、今考えている」と意識することこそが「深く考える」ことの第一歩となり、AI時代に機械に負けない、これからの人類に求められるスキルなのだ。

 頭の中で「考える」という小さな一歩を踏み出そう。

 それがきっと、未来から見れば「大きな一歩」になっているはずだ。

 たしかに、その通りです。

 とにかく、自分たち自身で「考える」ことが必要になってくるのです。

 ですので、今までに無い、新たな価値をどんどん産み出していきましょう!

 最後までご視聴ありがとうございました。

 では私はこれで、さよなら〜!